第十四話 野毛町・福富町・曙町・黄金町ラブストーリー

「シンザンを越えろ!」
それは長らくホースマンたちの合言葉だった。シンボリルドルフが無敗で三冠を制したとき、シンザンの調教師武田文吾は野平のもとに駆け寄った。
「ついにシンザンを越える馬が現れたね!」
武田の言葉には一点の曇りもなかった。前年、ミスターシービーはシンザン以来19年振りに三冠馬となっていた。「シンザンを越えろ!」という合言葉がク ローズアップされたのも、ミスターシービーの活躍によるものだった。それでもシンザンを越えたという評価は下されることはなかった。だから武田の言葉に一 瞬耳を疑った野平であったが、同じホースマンとして武田の清々しい心意気を嬉しく思った。この瞬間から、否、恐らくもっと前からかもしれないが、野平はル ドルフの海外挑戦を視野に入れることとなった。オーナーである和田共弘、ジョッキー岡部幸雄ともども競馬サークル随一の海外通である。ましてや調教師野平 祐二はそのジョッキー時代、日本競馬界にモンキースタイルを導入した立役者である。
シンボリルドルフは三冠直後のJCで、カツラギエースの逃げにまさかの不覚をとって3着と敗れたものの、迎えた暮れの有馬記念では、三冠馬ミスターシービー、カツラギエースに格の違いを見せつけて楽勝し、日本最強馬であることを証明した。

日 の出町駅を降りて横浜WINDSへと向かう。途中、ハッテンバへ向かうゲイのカップルとすれ違う。俺も一度だけ興味本位で光音座に入ったことがあったけ ど、狭い館内で観客の全員が煙草を吸っているので、視界がすこぶる悪い。エンドロールは一瞬で裁断され、2本目の映画がスタートする。休憩時間など存在し ない。みんなカップルを探すのに必死だ。すでに相手を見つけて、おしゃべりに夢中なカップルもいれば、席を揺らしているカップルもいる。映画に集中できな い俺は、出走が迫るア
イビスサマーダッシュの予想をしていたが、横の男が何事かを囁きかけてくるので、仕方なく炎天下へと飛び出した。

皇帝ルドルフの父パーソロンは、1960年生れのアイルランド産馬。3〜4歳時に走り、14戦2勝。目立った活躍はなく、イボアH(7F)と愛ナショナル S(14F)で勝ち鞍をあげたに過ぎない。しかし1963年に種牡馬として我が国へ輸入されると、11頭の初年度産駒が20勝をあげ、2年目の産駒からは 早くも天皇賞馬メジロアサマを輩出した。サンデーサイレンスが現代血統の主流となっているノーザンダンサーやレイズアネイティブの血を含まないことで種牡 馬として成功したように、パーソロンは当時、我が国繁殖牝馬の血統構成の土台となっていた二つの血脈のうち、ゲインズボローを含まず、その結果ブランド フォードの能力を最大限に引き出すことができたといえよう。
戦後の混乱期、横浜は中国やアメリカ、イギリスなど、人種のるつぼだった。“るつぼ”とは混ざり合うという意味であるから、“モザイク”と表現した方が正確かもしれない。

野毛町・福富町・曙町・黄金町には闇市が乱立し、日本最大の闇市場を形成していた。しかしそんな野毛町・福富町・曙町・黄金町の熱気も高度経済成長と反比例するようにして失われていった。
![]() | ![]() |
2004 年2月1日、東急東横線経由で渋谷駅〜元町・中華街駅まで乗り換えなしで行ける「みなとみらい21線」が開通すると、横浜を代表する風俗街・野毛町・福富 町・曙町・黄金町町にも変化が見られるようになった。横浜の風俗嬢は歌舞伎町に比してピュアで染まってない感があるし、接客やサービスにも 定評がある。新線開通によって曙町に近い馬車道駅まで渋谷から30分圏内になったことで、東京方面からの客が激増している。

人の流れは客に特化したことではない。石原都知事の『東京浄化大作戦』により摘発を受けた新宿・歌舞伎町のヘルス嬢は曙町に、錦糸町や町田の路上売春婦も隣の黄金町に流入している。
黄金町の町名の由来は、古代中国、前漢の学者劉安が編纂した哲学書、『淮南子』の「清水有黄金龍淵有玉英(清水に黄金あり、龍淵に玉英あり)」からきてい る。俺にとって「黄金」といえば、「黄金旅程」のことである。そう、「愛さずにいられない」名馬、ステイゴールドのことである。50戦して国内では僅か5 勝を挙げたに過ぎない馬が、なぜもかくも人気を集めたのか? ここでも判官びいきを美徳とする我が国の国民感情が伺える。オープンを走っても2着、G3を 走っても2着、G2を走っても2着、G1を走っても2着。いつでも2着のステイゴールドを多くの競馬ファンは愛した。シンボリルドルフがあまりにも強すぎ てファンを白けさせたのとは対照的である。「強い馬が強い競馬をして勝つ」 野平祐二調教師の言葉を、名手岡部とシンボリルドルフが実現してきた結果だ。 また、名手岡部をして「ルドルフに競馬を教わった」といわしめたのはあまりにも有名な話である。国内にもはや敵なし。皇帝ルドルフは海を渡った。国内では 賭けの対象にならないぐらいの強さを誇っていたが、海外挑戦となれば話は別だ。日本のファンはシンボリルドルフに夢を託した。しかしルドルフは、体調を崩 して満足なレースもできずにサンタアニタの地を去ることとなった……。
ルドルフの挑戦から15年後、「黄金旅程」という香港名を与えられた馬がシャティン競馬場を疾走していた。最終コーナーを周った時点で、中団にいたステ イゴールドは先頭を走るエクラールとは5馬身もの差があった。誰もが勝利を諦めた時、ステイゴールドの背中に翼が生えた!!! 直線一気で頭差を交わした 所がゴール板だった。50戦目の引退レースでのG1初制覇。
「ステイゴールドを応援してくれていた沢山のファンの皆さん、おめでとうございます」
武豊のインタビューが涙を誘う。
俺が求めているのはいつだってロマンである。馬券で勝とうなんて考えたこともない。
勝 敗を越えたところにロマンがなければ、誰がリングに上がるというのだろう。果たして、恋愛における勝敗などあるのだろうか? 俺は、野毛町・福富町・曙 町・黄金町を徘徊する度に、こんな感慨に耽らずにはいられない。サトコ、君は今頃、どこで何をしているのだろう? 俺は今、「初 黄町内会飲食街」を徘徊しているよ。ロマンが無いところに俺がいないのならば、俺がいる場所はいつだってロマンに満ち溢れているんだ。この街に暮らす住民 だって、きっと……。俺にはわかるんだ。俺だけの王道。そして、俺だけのハッスル!
ハッスル!

「オニーサン、アソンデッテョ」

